『 Uproarious Days 』

 たまたま手に入ったから?
 いや、お前と一緒に見ようと思って?
 いくつかの誘い文句を頭の中で並べてみて、はあ、とため息を吐く。すると悩んでいるのが急にバカらしくなって、そのまま、やめたやめた、と手の中から映画のチケットを机の上に投げ捨てた。
 何カ月か前に松尾芭蕉について描く映画に監修として招かれ、本当に軽くではあるが関わった。その映画が出来あがったらしく、ささやかながら謝礼に、ともらったのが目の前のチケットだ。それもご丁寧に、チケットは二枚。
 せっかくなら忍を誘ってみるかな、と思って誘い文句を考えてみたのだが、どれもこれもしっくり来なくて今めげたところだった。
 そもそもだ、と煙草をふかす。
 普通の恋愛物とかアクション物とか、流行り物の映画ならまだしも松尾芭蕉の映画になんてアイツが興味を示さないだろう。
 誘ってみて、興味ないし、とばっさり断られる光景がリアルに思い浮かんでもう一度ため息をつく。つくづく思うが、俺と忍は趣味が合わない。
 慣れないことはするもんじゃない、とチケットは机の引き出しにしまった。小規模ながら腐海の森は机の中にも及んでいるからこれで二度と日の目に会うことはないだろう。さらばチケット。
「もう会う日はないだろう」
「宮城」
「――おわぁ! びっくりした!」
 背後から聞こえた忍の声に、思わず煙草を落として慌てて拾い上げる。振り返ればいつの間に現れたのか、何をやってるんだと呆れ顔の忍が立っていた。
「あのな、お前黙って入ってくんなよ!」
「ああ? 何度声かけても返事がなかったんだけど?」
「お? おお、それはスマン」
「てか、もう会う日はないって、なんだよ」
「あーいやいや、それはこっちの話だ」
 気にしないでくださいあははは、と笑いを浮かべる。
「つーか、んなに焦るってなんか俺に見られちゃまずいもんでもあんの」
「いやそういうわけじゃなく」
 マナーとしてだな、と説教じみた言葉を忍は「ふうん」と軽く受け流す。煙草の火を消して服に落ちた灰をはたいた。
 大学帰りに寄ったらしい忍に、今日はまだ仕事があるからと告げようとしたその瞬間、鼻先にびしっと何か紙片が突き付けられる。
 思わず目を瞬いた。
「・・・なんですか、忍チン」
「映画」
「はい?」
「松尾芭蕉の映画だって。アンタ、興味あるんじゃねーかと思って」
 改めて忍の手の中にあるものを確かめる。それは今、まさに腐海の森に投げ込んだものと同じチケットだ。僅かに照れた様子で忍は、なんだよと睨み返して来た。まじまじとその顔を見つめてしまった。
「忍」
「なに」
「お前この映画、見たいのか?」
「全然」
 あまりにもきっぱり言い切られてがくりと肩が落ちた。
 いや、分かってはいたがもっと言葉を選ぶってことをしないのかこのガキは。
 崩れた体勢を戻すと、でも、と忍は続けた。
「俺は、アンタが興味のあるものには興味があるから」
「は」
「んなの当然だろ」
「・・・そうですか」
 応えながら口元を手で覆う。敢えて忍が俺の興味のある映画を選んだってことに不覚にも顔が緩んだ。
 忍は手の中の二枚のチケットを泳がせた。
「で、行くの? 行かねーの?」
「・・・・・行かせていただきます」
 それなら俺から誘ってやれば良かったとか考えながら、ため息を一つ。
 分かってはいたが俺は相変わらず、このテロリストに完敗。

END.



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