「ぃ・・・っ
 ん、あ・・・みや・・・・ぎッ」




 浴槽の明るさに眩暈を覚えながら、
 俺はひたすらに眼前のテロリストに夢中になっていた。




 甘いカカオと、水と、そしてコイツと俺の・・・。




「しの・・・ぶッ」




 口に広がるのは、チョコの甘さだけでは・・・なかったけれど。






              Last Valentine






 手作りチョコ。
 ・・・なんて、可愛げのあるものじゃなかった。



 渡されたのは、甘ったるい匂いのする黒い物体。
 どろどろの液体の中、緑色がふいに目についてしまった。
 よく見れば、形もどこかで見たことのある・・・野菜だった。
 
 なんだコレと訊くのは愚問だろう。
 
 宮城は重くなっていく頭を抱えながら、ソファに項垂れた。

 
「忍・・・チン・・・っ
 お前、その顔なら、今まで女の子にチョコ貰ったことぐらいあるだろう?
 それらの手作りチョコは、こんな奇妙な物体だったか?
 野菜にチョコを塗りたくって、
『高槻君、これ・・・!』なんて渡してくる女の子はいなかっただろ?!」
「マシュマロとかクッキーにかかってるのなら・・・見たことあるな」
「じゃなんでキャベツにかけるんだよ!!」


 2月14日。
 今日はそういう日だった。
 想い人に、自分の想いを込めた物を贈る日だった。


 街で見かける女の子は、皆どこかそわそわしていて、洋菓子店はピンク
色のハートに飾られ、街中に甘い風が吹く可愛しい日。
 

 なのに、
 何故・・・俺は・・・こんな目に合わなきゃならないんだ・・・ッ


 突き出された皿の上、チョコレートと分かっていても、それがキャベツ
まるまる一個に掛かっていると思うと、不気味な物体に見えて仕方がない。
 三十五年生きてきたが、キャベツにここまで恐怖心を抱いたことはなかった。


 う・・・受け取るべきなんだろう・・・な。


 そして食べるべきなんだろうな。
 ちらりと見た忍の顔はどこか恥ずかしげで。
 けれどこちらの様子を、明らかに窺っていた。

 やれやれと半ば自棄になり皿を受け取ったはいいが・・・それ以上は動けない。
 

 うっすらと浮き上がり黒光る、キャベツの芯を見れば、誰だって食は進まないだろう。


「・・・食わないの?」
「・・・いや、今はちょっと」
「早く食べねぇーと溶けるっ」
「既に溶けてますけど!?」
「これ以上溶けたら、チョコじゃなくなる!」
 

 今も十分、
『ちょこれーと』と言える状態ではないですが忍チン?!


「食いたくねぇなら・・・そう、言えよ」
「いや待て。
 もうちょっとだから、もうちょっとでいける気がする・・・うんッ」


 恋人からの贈り物を嬉しく思わない人間はいない。
 しかし未だ覚悟が出来ず、躊躇いを消せずにいると、突然、忍の腕が皿に近付く。
 いきなりのことで、思わず宮城は体ごと避けた。


「いいからソレッ返せ!!」
「はァ?俺にくれたんじゃねぇーのかよ?」
「そうだ・・・けどっ
 いい。もう、いいから・・・っ」


 落ち込む忍に、宮城は慌てて理由を問った。


「捨てるからソレ!」


 いきなりの宣言に、宮城も意地になってしまう。
 せっかく忍がくれたものを、見す見す捨てられるわけにはいかない。
 

「これはもう俺のだ!」
「・・・・・・!
 ふざけんな!!
 本当は『不味そう』とか思ってるくせに・・・っ」
「あのなぁ・・・」
「そうだよ!バレンタインなんて、忘れてたんだよ!!
 それで作り方調べる時間もなくて・・・キャ、キャベツならなんとか
 なるかなと思って・・・っ
 だって・・・だって去年の俺には、全然関係のない、ことだったから・・・ッ」


 突進してくる忍を抱きかかえ、暴れる腕を掴む。
 それでも攻防は続き、皿の上の大人しく乗っていたキャベツが動き出す。


「去年は・・・関係のないことだった。
 去年のバレンタインには、アンタがいなかったから・・・!」


 確かに、去年の二人の心はバラバラだった。
 忍はオーストラリアにいて、俺は日本で研究室に閉じこもって。
 お互い、時間も、世界も、国境すら、異なっていたと言うのに、
今はこうして、共有する想いを抱いている。


 忍の言葉に、宮城は心を掴まれて、力を失った指から皿が落ちる。


 そうだよな。
 だって去年の『俺』と『お前』は・・・まだ・・・。


「熱ッ!」
「忍・・・!」


 冷蔵庫で冷やされることなく掛けられた熱々のチョコレートごと、
忍の胸にキャベツが圧し掛かる。
 キャベツはすぐに床に転がったが、湯気の残るチョコはべっとりと、
忍の薄いシャツを汚した。
 宮城はすぐさまシャツを脱がすと、風呂場に連れて行き、火傷の
痕が残らぬようシャワーで洗い落とす。


「冷たッ」
「我慢しろ!!」


 強めの言い方に、忍は恐れを表したが、そんなことどうだって良かった。
火傷になってはいけないと、白い肌全体に冷水をかけた。
 赤みもなければ、痛がっている様子もないことに、宮城はひとまず安堵の溜息をついた。


「びしょびしょだな」
「・・・誰のせいだと思」
「あー悪かったって。けど、半分はお前のせいだからな!」


 すかさずの反論に、居心地悪そうに忍はそっぽを向く。
 冷水ですっかり冷めきった肌がやけに白く見えて。
 澄んだ肌色の中に、淡く色づいた突起に思わず目がいってしまう。


「んんっ」


 軽く咳払いをひとつ。
 これはおまじない。
 理性を持たせるための。


「タオル持ってくる」


 声が少し裏返ってしまったが、微々たる変化だったため、忍は気付いていない
様子で「あぁ」とだけ返答した。
 

「その前に、手洗えよ」
「え?」


 指差されたものに目をやると、それは自分の手だった。

  ねっとりとした感触に目をやれると、指の先から水掻き、掌に至るまで手全体
がチョコだらけになって。
 彼のシャツを脱がせた時についたものだろう。


「・・・・・・」


  何を思ったのだろう。   
 普段の自分なら、絶対そんなこと思いつかないのに。


「・・・・・・」


  魔がさした、としか言いようがなかった。


「え」


  宮城は指についていたチョコを、忍の胸先につけたのだ。


「な・・・!」


  ちょんと先端につけ、親指でなじませるように広げていく。


「んぁ・・・なに・・・?!」


  拒む腕を拘束し、キスをして恐怖心を拭ってやる。


「ん・・・んん!」


 騙されるものかと抵抗するので、舌を潜り込ませ、舌先を尖らせ吸う。
  指の動きも止めることなく、押し広げたり抓ったりと、突起を弄る。

 まるでチョコを染み込ませるみたいに満遍なく、
 強く、優しく、時に痛みを与えて。


「ぃつ!」


  淡い色の突起はやがて、甘い香りのチョコレートの粒となった。
  誘われるまま、舌で優しく包むと、びくり!と体が跳ねた。


「ふ・・・ぅぁ・・・んんっ!」


  ひくつく腹筋を過ぎ、スボンを下げ、既に固くなっていたもうひとりの彼を
力強く擦り上げる。


「痛・・・ッ」


 力の加減を誤り、鋭い刺激が忍を攻めた。
 全体を撫でるように弄っていると、やがて声が柔らかいものへ変化していく。
  カカオの中に混じった忍の匂いに、気持ちが一層昂ぶり始める。


「んぁ・・・っんっんっ・・・ぁ!!」


 自分の手の中で喘ぐ恋人が可愛くて。
 彼が興奮していることが、体全体で知れることが嬉しくて。
 つい、薔薇の棘のようになった突起に歯を立ててしまった。


「ぃっ・・・んーッ!!」


  出口を求め膨らんでいく下部から甘い香りがする。
 香りに誘われ、顔を寄せ、穴の空いた先にチョコを満遍なく滲ませる。
 疼く腰を止められないのか、折れそうなほど細い腰が円を描くように微動していた。
  

「・・・・・・・・・・」


  息をつくのもやっといった様子で、忍は宮城を見つめていた。

 初め抵抗を示していた手は、今は宮城の頭にそられているだけだった。
 
 押すでもなく、引くでもない。
 続きを促すでもなく、拒否するでもない。


  ただその潤んだ瞳は、
 真っ直ぐと宮城を見つめていた。


  やがて手は離れ、そっと自らの口元を覆う。


  それを合図に、指の摩擦でチョコ剥がれ、先走りで溶けだしていた
蜜と混じり合ったそこを、宮城は口に運んだ。


「・・・・・!!!!」


  指の間から声が裂けて響く。


「っんァっあッや・・・っみや・・・ぎっ」


  舌先で刺激してやると、溢れ出てきた甘くて苦い蜜を飲み下す。
  苦みの中には確かにチョコレートの味がした。


『だって・・・去年の俺には、
 全然関係のない、ことだったから・・・』


  俺もだよ。


「・・・もっぁ・・・っで・・・っ」


  去年の俺は、知る由もなかっただろう。


「後ろ、向け・・・」


  ボディーソープを指に絡め、タイルに膝をつき支えられた中心の淵をなぞった。


「冷た・・・っ」


  感情が暴れる。


「入れるぞ」


  理性が擦り切れる。


「んぁぁ・・・ッ!」


  愛しさが  溢れる。


「忍」


 指を抜き、腰を押さえつけ、用事のある唇だけを振り向かせ強引にキスをした。
  無理矢理の体制とは分かっていても、どうしてもキスをしたかった。


「ふぅ・・・んんっ」


  優しくもないキスなのに、忍は夢中になって宮城に応えようとしていた。 
  チョコレートはすっかり流れ、残ったのは香りとわずかな残骸。
  なのにこのキスは舌が溶けてしまいそうなほど甘く柔らかく、飲んでしまうのも、
もったいなかった。



  こんな感情を、去年の俺は知らなかった。


  こんな感情に振り回される俺を、去年の俺はどう思っただろうか。


  鼻で笑われるかもしれない。
 今すぐやめろと、止めに入るかも知れない。



  けれどそれは、忍のいない『去年の俺』のハナシ。



「忍・・・」


  無性に、愛しさがこみ上げて。



「ありがとう・・・」

 

 愛しさの詰まった想いを、彼の中に埋め込むのだった。
 


榎本さんありがとうございました!!!><*榎本さんの文章えろいですえろすぎて何度も読めません!!20回読んで動悸が切れました・・
宮城もっと魔をさしてくれ・・・・・
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