Childish light



 俺達の関係に、倦怠期は存在しない。  むしろ、俺達の関係は日によって色を変える。  普通の恋人達のような甘い空気になれたり、  年の差を埋められず素直になれなかったり、  一言も言葉を発せず互いを激しく求めたり…………。  まるで光の屈折のように忙しなくて、 「……っ…んぁ…ぁ」  でも、  そこまで美しいものじゃない。  本能のまま生きる、獣に近い。  最近はそんな日ばかりが続いていた。 「………ッ………」  甘い言葉や予兆もなくスタートした情事。  戸惑う暇もなく、眼前の頭をかき抱く。  這う舌に、意識を持っていかれる。 「ん……っあァ………ッ」  背中が痺れたように痙攣した。  肩が言うことをきかず、びくんびくん!と跳ねた。  快楽に流され、自分が今どこにいるのか分からない。 「………は………ぁっ」  宮城に抱かれている。  それだけで十分のはずなのに。  何故だろう、  何かが欠けている気がした。 「宮城…………」  パーカーの裾をまくり、胸元を行き交っていた宮城を止め、忍はそっとその胸 元に潜り込んだ。 「どうした………?」 「……………」  答えられない自分が、ひどく子供に感じて。  それを払拭するように、今度は自ら宮城の唇を奪った。  強弱をつけ、舌を探り出し重ね歯列をなぞる。 「ん……んんッ……はぁ……」  すべて宮城から教わった、  ゛子供 ゛には教えてもらえない、【気持ちいいこと】。  ぷはぁ…………と、酸欠で唇を離すものの、宮城はあまり息が上がっていなかった。  未だキスする時の、あの呼吸がうまくない。  ぺろり、と。  首筋を舐めて。    首の筋肉を指でなぞる。  音をわざとたて、頭で必死にイメージを構築させ行動に移す。  唇での愛撫はそのままで、徐々に指を下していった先にネクタイがあった。  …………あれ…………?  しかし、自分で解いたことはあっても、他人のネクタイを外したことはない忍。  空気を壊してはいけないと、愛撫を中断することなく、必死に結び目に指を突っ込み もがくも、そこは固く、結び目が強くなるばかり。  解けない謎に悪戦苦闘していると、ニヤニヤとした声が聞こえた。 「手伝うか?」 「いっ…………イイッ  俺一人で大丈夫だから!」  そうは言っても、力任せにひっぱって解けるものではない。  緊張のためか、指に無駄な力が入りすぎているのだろう。  あーでもない、こーでもない。  試行錯誤の繰り返し。      近道はどこにあるのだろう。  結局、 「まずは結び目を広くしろ、それでこっちからこれを右に引きながら抜く、  分かったか?」  いとも簡単に、解かれてしまう。  またひとつ、彼に出来て自分に出来ないことが増えてしまった。  俺はアンタがいなきゃ、  ネクタイひとつもままならないのか…………ッ  あんなに自分を苦しめていたネクタイも、解かれてしまえばただの細長い布で。  ただの、だらりと垂れる長い紐だった。 「忍?…………っ…………何すんだよ?!」  俺はそれを宮城の両手首に巻き付け、自由を奪う紐とした。  予想だにしていなかった事態に、宮城は慌てていた。 「おいおいおいおいッ」  なんの冗談だぁ?という顔。  当然だ。  しかし俺は答えない。  それどころか、  自らパーカーを脱ぐと、宮城の後頭部から両袖を回し。目元を隠す道具に変えた。  ぎゅっと縛りすぎて、「痛!」という声も無視して。  行動の自由も視界も奪われた宮城は、今の状況を全く理解できていなかった。 「忍チン………これは一体どういうことかな……?  なっなんでオジサン……  目隠しとか、縛られたりとか、されてるの?」  忍はその問いに一言で答えた。 「気分っ」 ずきり……っと、胸のどこかで何かがつき破れ、痛む音がした。  重ねた唇、  焦り過ぎたのか、  カツンッと歯がぶつかり合う。  子供じゃできないことを しようと思った。 「……くッ…………んっ」 「…………………」  不思議だった。    いつも彼にされていることを、しているだけなのに…………。  酷いことをしている気がした。  いや、そんなことはないと己を信じる。  この声は、苦痛を訴える声ではないから。 「…………宮城」 「ッ」  固くなった胸の先端を強く撫で、舌全体で舐める。  痛みと柔らかい舌の感触に、宮城は肩を震わせた。立てていた宮城の足の爪が、 フローリングのタイルを引っ掻いた。  ボタンの外れたシャツは宮城の半身を露わにして。  赤く色づいた胸の先端や、やや腹筋の付いた腰回り、膨らんだ下肢。  それらすべてを見ているのは 世界に自分 ひとりだけ。  本人ですら、この姿を見ることが出来ないと思うと、高揚した。 「忍、………外せ、よ……ッ」  手首は拘束されても、指は自由に動く。  忍の悪戯に付き合うのも限界だと、宮城は目隠しを取ろうとした。  しかし忍の手がそれを妨げ、布地の上から瞼に口付けする。  右目、左目、そしてもう一度、唇にキス。 「…………忍」  それは自分が教えた覚えのない、拙くも優しいキスだった。 「………………ん?!!」  宮城は思わずあげてしまいそうだった声を、唇ごと噛み殺す。  忍の指が下肢に触れいてて。  じゅく……っと音を立てるそこを、ゆっくりと下から上へと忍の指が撫でる。 「…………宮城…………いい、よな?」 「待て。  だったらこれッ」 「それは嫌だ」  答えなど初めから訊いていないように、  細くて長い指が、ズボンのジッパーを下ろしていった。  大人とはなんだろう。  自らの責任を自分でとること、  何かを最後まで遂げること、  誰かの手本になれること。  そのどれも、違う気がした。    ではこうやって、  恋人の体の自由を奪ってセックスすること?  それはもっとも正解に遠い気がした。 「んっんっん……ぃッぁ…………っ」  だからこの方法が間違っていることぐらいわかっていた。  体の重みと衝動で、より深くに食い込む痛みに涙が滲む。  もっと、もっと……欲しい。 「みィっみや……宮城ッ」 「……っ……忍……っ」 「ぁ……あ……」  後悔はない。  けれど罪悪感は消えない。 「んっ…………ッ」  激しい律動のせいか。  パーカーの結びが緩くなり、振動する度解けていく。 「…………!」  見るなッ  それでも浅ましい体は快楽と連動して、暴走は止められない。  腕で覆ったり、髪の影で顔を隠そうとしたが、熱い視線からは逃げられない気がした。  ジリリ………と、心が焼ける音が聞こえた。  それは罪悪感に引火した、業火の音。 「いッ……やだッ!!!」  しがみつき、彼の首後ろに隠れようとしたその瞬間。  完全に目隠しが取れて。  宮城の澄んだ瞳が こちらの すべてを 見ていた。 「宮城…………ッ」  違うっ  重なり合う度浮かぶ快感がナイフのように心を切りつける。 「………みや…………ぎ……っ」  未熟で、めちゃくちゃで、悲しくて。  ひどく幼い俺の心を見られてしまった気がした。  腰が、  喉が、  心が、  灼熱の炎に焦がれて、痛かった。  白い海を漂っていると、息も絶え絶えに、宮城の声がすぐ側で聞こえた。  今頃湧いてきた恥ずかしさにいたたまれず、腕に力を込め、更に宮城の視線から逃げた。  だから見えなかったのだ。  恋人の名を紡ごうと唇が微動したことも、  背を撫でようとして諦め落ちていった腕にも。  忍は 気付かない。 「悪かったな…………いきなり」 「…………何が?」 「いやその……、  お前本当は………ヤりたくなかったんだろう?」 「……え……」  確かに、仕掛けてきたのは宮城だった。  しかし腕まで縛って、無理矢理行為を強いたのは自分の方。  戸惑ってもいいぐらいなのに、何故宮城がそんなことをいうのだろう。  困惑したのは忍の方だった。 「……俺達は年も、生き方も、環境も違う。  愛さえあれば何もいらないなんて、俺には口が裂けても言えん。  守りたいものも、貫きたいものもあるからだ。  だがそれを保つのは言うより易くない……分かるな?」  忍はこくりと頷く。  だが当然、忍にはそんなものはなかった。  働いているわけでも、一生を捧げられるものもない。  大人の定義は分からなかったが、子供のことは子供が一番分かっているつもりだ。 「だからその……疲れたり、うまくいかなかったりすると……  つい、お前にあたって…………大人げなかったと、思ってる」  困り顔の宮城、プライドを崩してまで心を開いてくれていることが伝わってきた。  そしてなんとなく、宮城が言っていることが分かった気がした。  あんなに遠い存在だった彼が、今では自分より幼く感じたのは、気のせいではなくて。  自分にだけ打ち明けてくれる特別感、  目線を合わせて話してくれる優しさ。  そんなところも、好きなところだったから。 「すまん…………」  性急なキスや言葉ないセックスは、本能的快感を生んでも虚しくて。  終わった後の冷たいベタツきに、うんざりした夜もあった。  気持ち良くもなかったし、満足感もなかったのはきっと……………。 「……忍?」  唇を噛みしめて瞼で食い止める、それでも目尻に滲んだ涙までは防ぎきれなかった。  言葉も出ない。  乾いた心では葉は育たない。  駆り立てられる不安。  忙しい合間をぬって会いに来てくれる恋人のぬくもり、嬉しいはずなのに何か が足りなくて。  でも何が足りないかなんて分からなくて。  訊ねようにも、『問い』がなければ疑問は解消されず、不安ばかりが募って いくばかりで。  伝わってこないのだ、彼の気持ちが。  やってくるのは少しの痛みと、白い解放感。  煽られ、上がりきった体温は体を心を冷やしていく。  怖かった。  体ばかり満たされて、心がちっとも繋がらない。    ベットに二人、心はひとり。  怖くて……怖くて怖くて怖くて。  頬を伝う涙を、声を殺して必死に拭った夜もあった。 「悪かった………っ」 「…………………………ぅる………せぇッ」 「忍……」 「うるせぇて言ってんだよ!!  どうせ俺はガキだよ!  忙しいアンタが来てくれるってだけで嬉しいはずなのにッ!  言葉が足んねぇとか、態度で示せとか……ッ  そんなことばっか考えちまうんだよ!!」  「スキ」と言って。  でもキスもして欲しい。  キスもして。  でもそれ以上もして。  それ以上もして、  でも……スキと言って。  深まる不安を埋めるように、我侭な欲求ばかりが増えていく。  言葉で、  態度で、  誠意で、  真心で、  もうどんな方法でも良い。 「アンタが好きって言ってくれなきゃ…………嫌なんだよッ!!」  いってくれよッ 「………絶対ッ  アンタには俺の気持ちなんか分からないッ  こんなに…………こんなに好きなのに…………!!  宮城の………宮城の大馬鹿野郎!!」  力一杯、有らん限りの力で、大きな体を抱きしめた。  自分に何が出来るかなんて分からなかったけれど、 けれど、今はこのひとを力いっぱい抱きしめたい。  胸と胸とが重なって、  そしたら俺の苦しい気持ちも届くはずだから。  届いてくれよッ  そんなこと、無理だと分かっていても、祈られずにはいられないッ  こんなに   狂おしい程、  アンタが………好きだから。 「………ぅっ………くっ」  溢れた涙は宮城の肩を濡らしていった。  泉のごとく沸き上がる想いは、留まることを知らず。  ボロボロと。  ぐずっぐずっと、  またボロボロ………っと。  苦しみなのか愛しみなのか、  この溢れていく感情の名前は分からなかった。 「忍」  名を呼ばれると同時に、今まで真ん中にあった腕が今度は忍の首後ろに回される。  ひとつに纏められた腕は、窮屈そうに、しかし大切なものを抱こうと必死だった。  今日初めての、彼からの抱擁。  熱い腕は、すべてを包み込んでいった。 「すまんっ…………本当に悪かった。  まさかお前がそんな風に思ってたなんて………知らなくて………。  その………お前は俺が忙しいって知ってるから、  しょうがないって、分かってくれるだろうって……甘えて……………た」  ひとつの塊となった腕が密着していた二人を引き離すと、唯一自由のきく指先で 忍の涙を拭った。  こつん……と、額と額が重なって。 「ズルくて、ごめんな」  ただ触れ合っているだけなのに、    それはとても 「忍…………」  幸福だった。  一筋流れていった涙は、  まるでダイヤモンドのような光を放つ、幸せの涙だった。  あぁ………やっと届いたのだ。  宮城の想いは、思った以上に温かくて、とても懐かしい匂いがした。 「あぁ………あッ…んぁぁっ」  ガクンガクン……ッと体が揺さぶられる。  折りたたまれた膝が、腰より後ろに押し付けられて。  敷かれた固めの枕も、体と一緒に上下する。  裂けてしまいそうなほど強く握ったシーツが、指と指の間に食い込む。  視線にまでも犯されて。  腕を伸ばし引き寄せた唇は熱くて、喉が余計渇くのに心は潤った。  文字通り、体中が悲鳴を上げた。   「く……ぃ……痛ッ」  涙は幾重にも重なって、小さな小さな湖ができる。  白い頬はすっかり紅潮し、乾いた舌は何度も「宮城、宮城……っ」と好きなひとの名を呼んだ。  自分の名前を呼ぶ、低い声に思わず腰が疼く。  応えてくれた………っとまた涙が零れた。 「宮、城………ッ」  蜜のように甘いセックスより、  詩人のような美しい言葉より、   「忍」   あなたのその一言が、何よりの証拠。 「もぉ……っ…………みや………ぎっ」  シーツを握った手を労わるように重ねられた掌が、嬉しくて。 「………忍………」  胸いっぱいの愛が籠った自分の名に、  忍は痛みも忘れ、涙を流すのだった。 「………………なにコレ」 「いや、その………」  だだっ広いベットの上、宮城の左手が忍の右手を軽く掴んでいた。  蔓のように縛るのではなく、包むように優しく掌に乗せてあるだけ。  それはいつでも、【ココ】から逃がせるようにという、彼の悲しい 優しさだと、忍は気付いていた。 「………サ、サービス………?」 「なんで疑問系っ  しかもサービスって何だよッ」  恋人同士に、そんなものは必要はないだろう。  そう思いつつ、乗せられた掌に、更に自分の手を置く。 「お前がガキなら、俺もガキなんだよ………」 「……………うん」  サンドイッチのような掌たち。  こうしていると、どれが彼の手でどれが自分の手か分からなくなった。  宮城は十分大人だ。  俺を守るためなら、別れることなど選択肢として存在してしまう。    俺達の関係は、  光の屈折のように不安定で、  しかし美しくもなく、ただただ儚い。  「苛立って、でも会いたい日、言葉を発したら最後、  俺達の関係は崩れてしまいそうで……………正直、………怖かった」 「……………うん」 「って…………ガキだよな。  だからおあいこだ」  だが握られた指の力はとても強く、 「約束は、出来ん」  今度はしっかりと、忍を捕まえていた。 「だけど……離したくない………っ」  真剣な眼差しに、忍はゆっくりと頷き、握られた手に頬をすり寄せた。 「俺も」  天国のようなセックスより、  月光のような言葉より、      それがなによりも、今は幸福で儚くて………。    このままじゃ、  駄目だって思ったんだ。 「宮城、  俺………絶対アンタを幸せにするから」  光と言う儚さから、  きっといつか………………っ  だから 一緒に、 「宮城………大好きだっ」  手を繋いで 生きていこう。





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